三匹が行く

〜金津流石関獅子躍の生まれたところと、今、躍ること〜  ① はじめに

岩手県奥州市江刺石関・熊野神社例大祭 金津流石関獅子躍奉納
撮影 千田祥子 (2015年4月29日)

はじめに

 これは、オンライン芸能村の村人3人が、2020年11月から2021年2月にかけて取り組んだ「金津流獅子躍」(かなつりゅう・ししおどり)と、その発祥の地「松森」についての、オンライン勉強会の記録です。金津流石関獅子躍第14代中立(なかだち)を務め、現在は金津流獅子躍師匠として後進の指導に当たる安部靖さんと、行山流舞川鹿子躍(ぎょうざんりゅう・まいかわししおどり)伝承者・東京鹿踊(とうきょう・ししおどり)代表の小岩秀太郎さんに、2020年12月26日にお話しを伺った中から、特に印象に残った点について調査・編集を加え、まとめました。

 金津流石関獅子躍は、安永8年 (1779) 7月に、旧仙台藩江刺郡石関村 (現在の岩手県奥州市江刺稲瀬) に伝えられた郷土芸能です。本物の鹿のツノを頭(かしら)につけ、背中には3mほどの竹に和紙を貼付けた、“ササラ”と呼ばれるものを背負います。同時に、腰に下げた太鼓を踊り手自らが叩き、歌い、踊ります。この芸態は「太鼓踊り系鹿踊り」と呼ばれ、旧仙台藩領各地に伝わりました。

 「シシ」とは古い言葉で「野獣の肉」のことを言います。人間が、食物としてその命をいただくシシへの、供養の意味が込められた踊り、とも言われます。

 また「シシ」は神仏を守護する存在でもあり、神の使いの「鹿」のことでもあります。神や仏の化身として踊られる鹿踊りに、人々は五穀豊穣・国家安穏・悪魔退散といった祈りを託してきました。

 お盆には、新盆を迎えた家々やお墓を廻り「墓回向」(はかえこう)と言われる追善供養を行うなど、地域によっては今も暮らしの中に根付いた踊りと言えます。

 その鹿踊りの中でも、金津流という流派の発祥が、現在の宮城県仙台市北部に位置する泉区の、松森地区と言われています。このことは、前述の安部靖さんが独学で石関に残る鹿踊りの伝授書を読み解き、2004年頃に初めて明らかになりました。とはいえ、供養碑や伝書など、鹿踊りが踊られていた事実を示す資料は、その松森地区では全く見つかっておらず、安部さんが引き続き研究を続けていらっしゃる最中です。

 その上で、鹿踊りという芸能をタイムカプセルに見立て、現在の踊り手と交流し、互いに対話を重ねることで、松森の地や東北と出会い直してみたい。また、鹿踊りを様々な切り口から、知り・楽しみ・探求する、その可能性を広げることが、企画のねらいです。同時に、郷土芸能が好きな仲間が増えるきっかけの一つになれば、と願っています。

オンライン芸能村村人 千田祥子・及川ひろか・曽和聖大郎

 

岩手県奥州市江刺石関・熊野神社例大祭 金津流石関獅子躍奉納
 撮影:千田祥子 (2017年4月29日)

 

《 講  師 》

安部 靖(あべ・やすし)

(C)佐々木隆二

金津流獅子躍師匠・金津流石関獅子躍第14代中立

岩手県奥州市(旧江刺市)稲瀬生まれ、奥州市江刺在住。旧江刺市役所入職後、鹿踊りの踊り組(サークル)を立ち上げた上司に誘われ、初めて鹿踊りを知る。当初は乗り気がしなかったがいざ始めてみると「これは結構おもしろい」「ずっと続けてみたい」と思うように。ちょうどその頃、地元稲瀬で鹿踊りを復活させる動きがあり、2001年、第14代として金津流石関獅子躍を復活させた立役者の一人となった。自分のやっている芸能はいったいどういうものなのか、と興味が湧き、石関に伝わる巻物(伝書)を3年かけ、独学で訳した。2011年5月、金津流獅子躍の発祥とわかった松森を初訪問。その後、自らも踊り続けながら、宮城県の郷土芸能研究の第一人者、故・千葉雄市先生や小岩秀太郎氏共に、太鼓踊り系鹿踊りの調査・研究に取り組み、現在に至る。

 

小岩秀太郎(こいわ・しゅうたろう)

(c)Mayumi Hirata

行山流舞川鹿子躍伝承者・東京鹿踊代表

(公社)全日本郷土芸能協会理事・縦糸横糸合同会社代表

岩手県一関市舞川生まれ、東京と東北の2拠点で活動。舞川に伝わる行山流の鹿踊りを、小学校の頃から始める。全日本郷土芸能協会は、全国の郷土芸能継承団体が加盟する社団法人。縦糸横糸合同会社は、震災における東北地域文化からの気づきや、先人の経験や教えを、現代で再編集し、未来に伝えていくために設立。東北出身であること、郷土の芸能を伝えてきたことを常に活動の根元としている。安部靖氏とは2004年頃、金津流石関獅子躍ホームページの掲示板でのやりとりを通して出会った。

 

《 村  人 》

千田祥子(ちだ・しょうこ)

(公財)音楽の力による復興センター・東北 コーディネーター/コーヒーと旅と本 主宰/音楽家

仙台市出身・在住。宮城県第一女子高等学校(現 宮城第一高等学校)、山形大学教育学部総合教育課程音楽文化コース音楽学専攻卒業。2012年一関・行山流舞川鹿子躍の練習を見学、鹿踊りを初めて知る。その後、この鹿踊りが仙台藩発祥であり、地元に近い仙台市青葉区八幡にある龍寶寺が、実は鹿踊りと縁が深いことを知り、一層鹿踊りに興味を持つようになった。現在は音楽と交流による復興支援活動のコーディネーターとして、岩手・宮城・福島を行き来している。

 

及川ひろか(おいかわ・ひろか) 

(公財)日本フィルハーモニー交響楽団 企画制作部

仙台市出身。松森小学校卒業。宮城県第二女子高等学校(現 宮城県仙台二華高等学校)卒業後、京都市立芸術大学音楽学部を経て、東京藝術大学大学院音楽文化学専攻(アートマネジメント)修了。現在はオーケストラにて教育活動や地域連携、東北への支援事業を担当する。東北の地域文化とオーケストラの交流を模索していた際、岩手県の大船渡で江戸時代から伝わる赤澤鎧剣舞を受け継ぐ小中学生と出会い、その堂々とした踊りに魅了され、芸能に関心を持つようになる。社会と音楽との繋ぎ手として、人と人が関わり合うコミュニケーションの場作りを行う。

 

曽和聖大郎(そわ・しょうたろう)

映画作家

和歌山県出身、横浜市在住。

2018年に、かつて仙台市泉区の松森で踊られていたという今は無き鹿踊に関するリサーチを行い、現地のフィールドワーク及び、ワークショップの企画制作を行った。現在、腎不全の老犬(16歳)を介護中。

 


 

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