三匹が行く

〜金津流石関獅子躍の生まれたところと、今、躍ること〜  ⑨伝承~郷土芸能を残していくということ         Tradition—passing down of local performing arts      〈インタビュー5〉

パフォーミングアーツとしてではなく、意識を残すこれからの芸能

Performing arts from now on—passing it down not as a performing art, but as an attitude


及川 クラシック音楽は何百年も前に作られた作品も楽譜という文献を通して演奏し続けていますが、カタチのない芸能が100年後も残るために心がけていることなど、ありますでしょうか。

安部 すごく重要な話です。“芸能が残っていく”ということは、踊り手だけの話ではないのです。地域の人々の関わり方が芸能の伝承に大きく関わってきます。実際、民俗芸能は一回途絶えてからの復活というのが多いので、伝承地にいかにそういう思いがあるかでしかないんですよね。現代において信仰心というのがかなり薄れてきている中で、芸能は残るのか、と。100年後にはなくなってるんじゃないかと思うような今の状態です。それから大切なのは、私から次の代にしっかり譲る、伝える、ということです。弟子にはちゃんと指導する、それしかない。今では映像記録も残せるので、記録保存もちゃんとするようにしています。

熊野神社参道行列  (2015年4月29日)

小岩 こういった芸能は無形と言われますね。とはいえ、シシ頭とか道具は有形なので、形としては残せるけれど、踊りはその瞬間でしかないので、踊り自体は残せないですよね。あともう20年くらいすると子供たちもほとんどいなくなって地域が崩壊していくということを考えると、伝承者自体が増えることはもうなくて、芸能の消滅は間違いなく起こっていくと思うんですね。完全な形で同じようなことを伝えていくことは絶対できないですけれども、「靖さんみたいな人がいた」とか「鹿踊りというのを誰かが作ったらしい」ということを、言い続けることはできるんじゃないかと。誰が何のために作ったんだっけという話を、こういう場所で話していくことは大事だし、伝承地だけでは語り継げないことを伝えていってもらえたら、それは残っていくと思うので。パフォーミングアーツとして残していくのは難しいけれど、“意識”を残していくことはできる。それがこれからの民俗芸能かなと思いますね。

安部 ただ見ただけでなく、こういう芸能がここにあったよ、と伝えてもらいたい。それだけで十分価値はあるんじゃないかと思います。芸能を伝承するということは簡単な事ではありません。ただ踊るだけでもダメなんです。何を想い、何を感じ、何をするか。そこには『志』と『覚悟』が必要になります。芸能を伝承する為にはブレてはいけないんですよ。100年後を考えずに、まず次の代にしっかり伝承する事が大事だと思います。


見ている人が、踊る側にちょっと触れられる、その感覚をね

The audience catches a glimpse of the performing side. It’s about that sensation.


曽和 無形であるということですが、踊りというか、身体でやることの面白さというのは、文物で残っていることではない面白さ、重要性というのがあると思うんです。つまり上手く言語化はできないけれど、“身体的な感覚としてでしか残せないもの”というのが、踊りの中に入っていると思うんですよね。身体でやることの面白さというのは、踊っている人間も、見ている人間も、等しく身体を持っているということ。踊っている人は、訓練によって得た身体的技法を持っていて、ある特別な所作、踊りができるかもしれないけれど、その踊りを見ている人の肉体や知覚も同時に踊ってるわけですよね。感覚が踊っている。その時に、その感覚が伝播して、伝承されているということが、身体表現のコアに絶対あるはずです。もちろん“型”は器として大切なんですが、その器に入っている“感覚そのもの”が残っていく、注ぎ注がれていくことが本当に大事なことなのかもしれないなぁと。それは踊りでしかできないことかもしれないですよね。

東京鹿踊 東京都新宿 西向天神社例祭奉納にて (2019年5月20日)
                〈装束等は行山流舞川鹿子躍のもの〉  

安部 まさにその通りで、もちろん自分で歌って、自分で太鼓を叩いて、踊る。一人三役やるわけで、やっぱりやった人にしかわからない感覚というのはかなり多い。そのかわり、やった人にしか感じられない充実感というのがあるわけですよね。それは見てる人はわからない。15kgの道具を付けて踊ってどうなの、すごいね、でだいたい終わっちゃうんですけど、それじゃ、それを体験してみませんか、と。今、ワークショップなんか流行ってるんですけど、道具を付けさせて、ちょっと踊ってみようという、そういう経験をする機会を設けるというのも、やっぱり大事なのかなと最近思ってるんです。そうすると、実際には基本的には見ている人が、踊る側にちょっと触れられる、その感覚をね。今後、ちょっとそういう機会を設けていきたいとは思ってますね。

千田 小岩さんは、東京でやっていてどうですか?

小岩 東京でやっていても同じですよね。自分たちで体験してみるというか、そういう身体になってみる、なってみて“意識してみる”ということに繋がるんだろうなと思うんです。その中から、踊りそのもの、今教えてる踊りそのものを完璧に取り入れるという感覚ではなくて、こういうものはどこで生まれたんだろうな、という感覚を持ってもらうというのが必要というか、芸能を教えたり感じたりしたりするときに大事な感覚なんだと思うんですね。これは山の端でできたんだろうな、みたいな意識を持って踊っていくことを考えられるようなワークショップ、やるんだったら、そういったことも含めて感じたり考えたりできるものをやりたいなと思っています。


 

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